真夜中こっそりパンを焼く
あの日からこぼれ落ちた思い・日々を                                            ブログに綴ります。どうぞご覧ください。                                       こば きょうこ
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著書・著者紹介

こば きょうこ

Author:こば きょうこ
「真夜中こっそりパンを焼く
recipe&essay」2006年2月発刊
分は2007年2月をもって完売しま
した。ありがとうございました。

2001年より製パン講師として
"パン工房Bread Basket"主宰。
自宅&出張講習・企画・試作等
承ります。下記お問合せフォーム
よりご連絡ください。
!住所・氏名・お電話を明記して
ください(携帯はご遠慮下さい)。
またメール返信を携帯へご希望の
際は先にドメイン指定を解除して
ください。(こちらの返信を受け
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お詫びと訂正

**本をお買上下さった皆様へ**
この度はありがとうございました。 P14-6.で
『180℃で見つめること15分』
という記載が漏れておりました。
ここに訂正しお詫び申し上げます。

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さようなら。PTA
昨年1年間、私の頭を悩ませた(というよりは生活を脅かし続けた)
PTAの役員がようやくこの4月、終わった。
其々の思惑、葛藤、建前と本音、各々の感情が交錯し、
年々低下する参加率に頭を悩ましている状況は、
ここに限ったことではなかろうが、その原因はPTA本体と学校にある
と、私はずっと感じていた。

中に入って見えたもの。形骸化した行事・集まり、主体性を
もたない学校の姿勢、否定形から入る議論、やって当たり前、
感謝も労いもなく独立性のない専門委員会の活動、問題が起こると
一線を引く学校側の姿勢。ピラミッド型の体制。果てはなんでも阿弥陀くじ。
(私もその一人。)そんなことを繰り返し6年もやっていれば、
少なくとも半数以上は離れて当然、じゃない?

「全員参加」「PAT活動は子供のため」と、聞こえのいい言葉を
掲げても、実態は「働く大人」と「先生」が主体で、「例年こんだけ
やってんだし」という、ただの大人の自己満足に終わっている。
活動はいつも夜、7時半から9時、10時。母親なら一刻も早く
終わらせたいから、突っ込んだ議論などできるはずもなく、
ゴールデンタイムに家庭に取り残された子供たちのことなど、
考えにも及ばない。この地域は夜、子供が取り残されすぎている。
「1年間やって皆が楽しかったねと思えたらいいではないか」と
言う人もいたが、サークル活動じゃあるまいし、そんなことまで
PTAの役目なの?そんなに皆暇じゃないよ。

普段の学校の集まりには、ほとんど母親しか見ない学校なのに
家事や育児、介護の苦労のわからない男性になぜ会長職を
やらせるのだろう?都合のいい衝立役になるから?
知り合いにそのことを漏らしたら、「隣の小学校でも同じ意見を
言っていた。」という。「おやじの会」すらないこの地域なのに。
そもそも、何で自分が・・とかいながら、会長を引き受けるのだ?
断る選択肢がありつつ、いい顔したあとで今更ぼやきながらの活動
なんて、周りが迷惑だ。子供にナイフを持たせるなというけど、
人格のない者に権限など持たせたるほうがよっぽどアブナイ。
しかも2年間も。

それでも、自分にできることがあればと、昨年1年間をそれに費やし
(費やされ)たが、結局最後、私の中には深い亀裂しか残らなかった。
議題も何も吹っ飛んで、どうやってその口をふさいでやろうかと、
サンドペーパーのような暴力的な言葉の擦り合いで進む会議にも、
無駄とわかりつつ対抗もした。
該当者でありながら様子をうかがっている連中は、皆自分可愛さに
ひたすら黙ってみているか、土壇場になって平気で意見を翻す。
自分だったらどうする?もっと「賢く」やりすごす?
誰も問題の本質に目を向けず、どうしたらやり過ごせるかは考えても
どうしたら変えられるかは考えない。それじゃ変わるわけない。
今までの実績(?)どおりにやることが100%か?
時代も教育も人の流れも刻々と変化しているのに。
意見することの根本はよりよく願うことで、否定でも何でもないのに。
それとも、そんなに自分たちのやっていることに自信がもてない?
生活まで犠牲にして、こんなPTAをやってる意味をどうみつけたらいい?

抑えていた感情がふっつりと途切れ、役割が義務化した。
恨みがましい感情が、うずうずと頭の中を侵食しそうになるのを
忘れよう忘れようと努力したが、よどんでいくばかりだった。
そんな感情に捉われつつ一ヶ月間、どうしたらこれを断ち切れるか
考えた。

そして私が出したのは、PTA脱会という結論。決して最善とは
思ってない。でも今はこれしか選べない。
学校側には前代未聞と苦笑され、周りからはいろいろ思われ、
勝手な憶測がまた広まっているだろう。そういう地域だ。
何一つ自分の目では確認しないのだ。
日本的幼稚さからいえば、もっとも日本的な地域かな。

けど、今私にとってそんなのは、もうどうでもいいこと。
私自身の心身の健康を取り戻すために、必要だった決断。
その前に唯一心配した、この決断の息子への悪影響も
担任の先生の「子供たちは私が全力で守ります。」
という言葉を信じて、子供に波紋が行かないように
見守ってもらうことにした。少なくとも大きな救いだった。
わかる人だけにわかってもらえれば、それでいい。

組織は個人から成り立っていて、個人を尊重できない組織は
骨粗しょう症のようにもろく崩れ去っていくことが、わからない。
体験でしか学べないのなら、それもまた一案。
そこから学びがあれば、まだ救いようもあるが、さてここはどうだろう。
とりあえず、さようなら、PTA。 
これで私も、やっと笑える。
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