真夜中こっそりパンを焼く
あの日からこぼれ落ちた思い・日々を                                            ブログに綴ります。どうぞご覧ください。                                       こば きょうこ
***第2作できました***

「やってごらん#1.recipe&essay」
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著書・著者紹介

こば きょうこ

Author:こば きょうこ
「真夜中こっそりパンを焼く
recipe&essay」2006年2月発刊
分は2007年2月をもって完売しま
した。ありがとうございました。

2001年より製パン講師として
"パン工房Bread Basket"主宰。
自宅&出張講習・企画・試作等
承ります。下記お問合せフォーム
よりご連絡ください。
!住所・氏名・お電話を明記して
ください(携帯はご遠慮下さい)。
またメール返信を携帯へご希望の
際は先にドメイン指定を解除して
ください。(こちらの返信を受け
取って頂けない場合があります)

お詫びと訂正

**本をお買上下さった皆様へ**
この度はありがとうございました。 P14-6.で
『180℃で見つめること15分』
という記載が漏れておりました。
ここに訂正しお詫び申し上げます。

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山の恵み sono2.
私がヨモギを摘んでいると聞いて、実家の母もドライブがてらに
山道を覗いて、袋いっぱい集めてきてくれた。
その時に山桜がもう小さな実をつけて、さくらんぼがたくさん
落ちていたらしく、それなら少し・・と私たちもお土産にに与かった。
ありがたいこと。
chrry

天然でこんなに赤く、しかもとても柔らかくて、甘ーい!
(缶詰用とは種類が違うとは思いますが・・)
息子は自然のさくらんぼなんて初めて見るだろう。
何ていうかな~?と試しに夕食後に出してみたら・・
「かわいいー!おいしそう!」そう、美味いものに関して、
こいつのハナはなかなかキクのだ。
こういうのは、できるだけ何もしないでそのままいただくのが
一番おいしい食べ方。山のお恵み、ほんとにご馳走様でした。

母にもヨモギ餅とヨモギ酵母パンでお礼。喜んでくれたかな?
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山の恵み sono1.
ヨモギを摘みに実家近くの山のふもとまで、足を伸ばした。
水と土のきれいなところ・・・とぐるぐる回っていたら、
山道の土手にの野イチゴを発見!へびはいないかな?
rr2

これって摘んでもだいじょうぶかな・・?他人の畑などには
侵入してなさそうだったので、ひとつつまんでみた。
あまーい!これは美味しい!虫がお食事中なのは遠慮して
私もご馳走に与かる。
ぽつぽつと実っているのを、棘に注意してもぎっていったら
あっというまに紙コップいっぱいに。まだ小さく青いのは
虫や他の人たちに取っておこう。ありがとう、頂きます!
rr1

Sちゃんもこんな風に摘んだの、もってきてくれたのかな、
改めて、ありがたいなあー!なんて感激に浸りながら、
子供のように夢中になって摘んだ。
そうそう、ヨモギを摘みにきたのだった。
思わぬ恵みに、危うく目的を見失うところデシタ。
今月のパン(自宅編)
今月はヨモギ。この季節に1年分の蓬を摘んで、冬まで
団子や餅、パンの材料として使う。自然の蓬は香りが
いつまでも逃げない。薬効も高い蓬はぜひこの季節の
野山の恵みとしてとりいれていただきたいもの。

yomogi

ストレート法で、今年のレシピは卵・牛乳・乳製品を使わずに
当分控えめで、ふっくら作れる秘策を練りこんだ。
今月ご参加の皆様、ラッキーですよ!
ケース焼きにして、「こうちゃ」っぽく仕上げ、トッピングは
黄な粉シュガーにした。いかがでしょうか?

贈り物×2
ある日玄関を開けたら、かご盛の甘夏が届けられていた。
誰だろう?と見ると、日曜講習にご参加のUさんから。
gft

どうもありがとうございます!熊本から送られた、無農薬の
甘夏のお裾分け、ってかごまで気遣ってくださって。。
お花の先生でもあるUさん、以前は素敵なブーケも下さった。
スパイスだけでつくられた、センスあふれる作品!
「ちぎって使えますから・・」っておっしゃったけど、
そんなことできませーん!って、今も部屋に飾っている。
(すぐにブログにUPすればいいものを・・失礼しております。)
ガーリックからは緑の芽がちょこんと顔をだしてる。
そんな変化も楽しめる、素敵な贈り物。

その日曜講習では、Sちゃんが木苺をたくさん摘んできて
くれた。いつも季節の贈り物を、本当にありがとう!
早速皆さんでつまんでいただく。冷凍にしてあったので
丁度冷たいお菓子になって、お昼の暑さを和らげてくれた。
残りは、他の週の方にも、そしてジャムにして来月のお楽しみに。
gft2

というわけで、自家製甘夏マーマレードと木苺ジャム。
こんなにできました。来月また皆さんでいただきましょう!
福岡で一番売れてるパン屋さん・・?
以前レストの講習でフランスパン作りにご一緒されてた、
「フルフル」を数年ぶりにたずねてみた。
私が訪ねたころはオープン当初、今では看板の
明太フランスが出始めた頃で、私は国産小麦に
こだわったお店の先駆けだったかな、と覚えている。

確かここら辺・・と車を回して、びっくり。
すっかり建替わって、お店と駐車場が3倍くらい大きくなっている!
しかも広々としたデッキテラスには、サービスのコーヒーを片手に
お客さんの子供と家族がいっぱい。スズメもおねだりに飛んでくる。
これはもはやパン屋ではなく、地域の広場だ。
素敵なお店になったんですね、知らなかった。
(そんなお店の風景は、そのときご了解を尋ねてないので
このたびは遠慮します。行ってみてください。)

furu

おやつ代わりに今日はここでパンをいただこう。
ふわふわのパン、息子が大好きだもんね。
(私はこの店で一番ハードっぽいリュスティックを。)


国産小麦パン工房「フルフル」
福岡県福岡市東区松崎2丁目15-22
092-671-9663  
open 6:45〜19:00 火曜休  Pあり
http://www.full-full.jp/index.html

今月のパン(出前編)
町のサークルの今月メニューはテーブルロール。
クレセントの成型は、実はB級難度で、年度始めから
やるべきかちょっと迷ったが、できるだけパンをいじって
楽しんでもらえるので、やることにした。

tr

余りの生地で分割が小さすぎて、無理に伸ばすのも
かわいそうなので、巻きが少なくなってしまったが
まあ、いいでしょう。コロコロとかわいいし。
「やってごらん」でお世話になっている陶花さんへ、
ジャムと一緒に明日持っていこう。
(いつもありがとうございます。)
バターロールよりうんとリーンにした。そのほうが体への
負担も軽く、今時高くて無い素材を無理して使わなくても・・ね!
ゲーム:うちのルール
うちでは昨秋、ついにゲーム全面禁止令が発動された。
といっても、これは話し合いの末。
今まで曜日と時間を決めてやることにしていたのだが
夜な夜な親の目を盗んで、布団の中でやっていた。
どうりて、なーんか素直に9時になったら床につくなと
思っていたのだが、親の都合のいいように考えていた。
で、ここにきて再三自分で決めた約束が守れんなら、
この先どうするよ?ということになったのだ。

いろいろ話を聞いている中、息子が涙声で言っていた
「やめようと思っても、やめられんちゃもん・・」
という言葉が、私には「タスケテ・・」に聞こえた。
大人だって自分をコントロールできないことは万々ある。
(大人のほうがだらしないことも、いっぱいある。)

息子に「6ヶ月、やめてみる?」と提案してみた。
1年前ならイヤダイヤダ!とごねていたはずなのだが、
このときはすんなり受け入れた。
「切り出すタイミングもあるんだなあ」と、私も勉強になった。
結局、本人が覚悟を決めない限り、親であれ誰であれ、
どうにもできないことだ。
(「タバコ」しかり・・。:ブログ内検索「タバコ」をご参照ください。)
それができた息子の成長を、なにより喜びたい。

親にしかできないことも、ある。
与えるだけが愛情、でもないと思う。
6ヶ月後、孫可愛さに親の私たちに相談なく買い与えた
おんじにも、それをわかってもらえると信じていた。

子供の日を迎えた今月で早6ヶ月、遊ぶ友達の輪も広がり、
ゲームが元でケンカすることがなくなった。時折物寂しい思いも
しているかもしれないが、他人との区別も、自分で遊びを見つける
ことも、自分から机に向かう習慣も、朧げながら身に付いた。
近視は元に戻らないが、それも経験値として受け入れよう。
(今度作るメガネ代、いくらかな・・?)
薬草を学びに・・
春休みを機に、気になっていた部屋の模様替えと
ついでに手持ちの情報整理をした。手をつけ始めると
ついでにできる量ではなかったみたいで、いまだに
紙ごみの整理に追われている。こいつを片付けなきゃ、
次の仕事も何も、あったもんじゃないもんな。

深く深く掘り下げた「はず」の視点を上に向けて、さて次は
何をはじめようか・・・。というわけで、実家の文化サークルで、
地元に自生する薬草を学ぶ会が開かれてて、
マクロビの足しになればとの4月から参加することにした。

講師は中村臣一郎先生。内容はみっちり90分、自生する薬草の
種類や効用・処方のみならず、デトックス・食養生・電磁波・添加物・・
多少「買ってはいけない」的な内容に傾きつつあると、
先生の豪快な笑い声が空気を和ませる。皆さん、さまざまな悩みを
持ってここに集まってきたのだろう。講義が終わると同時に、演壇の
周りは人だかりとなる。この熱心な光景はちょっと宗教的にも見える。

・・・帰りの車の中で、押し合い圧し合いして質問や薬草に殺到する
待てないおば様達の贅肉の感触が、まだ腕や背中に生なましく
残るのを我慢しながら、思った。

「人を押しのけてまで健康を望んで、その後どうするんだろう?」
健康そのものを目的化するのは、お金そのものを目的化する、
それと一緒ではないんだろうか?
お金は欲を数値化するので、あからさまにほしがることはないが
(現代はそうでもないか・・)、健康となると、時にエゲツナイほど
あからさまだ。
健康になって何が悪い?と目を剥かれるかもしれない。
その健康、身の回りの恵みをもぎ取って得た今ある自分の健康を、
今度は何に役立て、どう生きるんですか?ゴールはまだもう少し
先ではないんでしょうか?と、たずねたいのだ。
健康になってこういうことがしたいんです。小さくてもこういうことをして、
わずかでも報いたいんです、恵んでくれた自然や周囲に少しでも。
それがあって初めて、健康になることが喜びになり、意味を帯びてくる
のではないのかな?
うそまでついてTVが健康を特集することも、それに一喜一憂
振舞わされることも、なくなるんじゃないかな?

人間は(物質としてはそうでも)独立した1個の生命体ではない、
と思う。現代の生活では実感できる場面が無さすぎるが、すべて
自然とのバランスの中に「生かされて」いるのは、生まれて四十年
を経て、ようやく感じられるようになった。
(この概念を心で感じられるようになるには、頭でっかちに育てられた
私たち世代には特に、時間と実践が必要だ。)
その中で最も自我の感情のままうごめいているのが、地球では
私ら人間、だろうな。吐くまで飲み食いし、地下も地上も漁り散らし、
元に戻すことをわすれ、喰って喰って、それでもまだ満足しない。
所詮、人間は欲の塊なのだろうか?
六道輪廻を生涯かけて、ぐるぐる回ってしか生きられないものなのか?
地球からしてみれば、現代人は一人一人ガン化した細胞のように
あちこちでやっかいな存在になってやしないか?

本当にささやかでいい、何かひとつ、この大きな関わりの一部として
自分がこれっていう、役に立てられることを見つけられないだろうか?
でなきゃ、あまりに無意味に時間に押し流されてるだけじゃないか?

・・先生への順番を待てない光景から、ここまで思い込まなくても・・
と、自分でもそう思うのだが、今、思わずにはいられないんです。
もう待ったなし、そこまで今まで自分たちがしてきたことに
周りの誰も、真剣に気付こうとしないから。
さようなら。PTA
昨年1年間、私の頭を悩ませた(というよりは生活を脅かし続けた)
PTAの役員がようやくこの4月、終わった。
其々の思惑、葛藤、建前と本音、各々の感情が交錯し、
年々低下する参加率に頭を悩ましている状況は、
ここに限ったことではなかろうが、その原因はPTA本体と学校にある
と、私はずっと感じていた。

中に入って見えたもの。形骸化した行事・集まり、主体性を
もたない学校の姿勢、否定形から入る議論、やって当たり前、
感謝も労いもなく独立性のない専門委員会の活動、問題が起こると
一線を引く学校側の姿勢。ピラミッド型の体制。果てはなんでも阿弥陀くじ。
(私もその一人。)そんなことを繰り返し6年もやっていれば、
少なくとも半数以上は離れて当然、じゃない?

「全員参加」「PAT活動は子供のため」と、聞こえのいい言葉を
掲げても、実態は「働く大人」と「先生」が主体で、「例年こんだけ
やってんだし」という、ただの大人の自己満足に終わっている。
活動はいつも夜、7時半から9時、10時。母親なら一刻も早く
終わらせたいから、突っ込んだ議論などできるはずもなく、
ゴールデンタイムに家庭に取り残された子供たちのことなど、
考えにも及ばない。この地域は夜、子供が取り残されすぎている。
「1年間やって皆が楽しかったねと思えたらいいではないか」と
言う人もいたが、サークル活動じゃあるまいし、そんなことまで
PTAの役目なの?そんなに皆暇じゃないよ。

普段の学校の集まりには、ほとんど母親しか見ない学校なのに
家事や育児、介護の苦労のわからない男性になぜ会長職を
やらせるのだろう?都合のいい衝立役になるから?
知り合いにそのことを漏らしたら、「隣の小学校でも同じ意見を
言っていた。」という。「おやじの会」すらないこの地域なのに。
そもそも、何で自分が・・とかいながら、会長を引き受けるのだ?
断る選択肢がありつつ、いい顔したあとで今更ぼやきながらの活動
なんて、周りが迷惑だ。子供にナイフを持たせるなというけど、
人格のない者に権限など持たせたるほうがよっぽどアブナイ。
しかも2年間も。

それでも、自分にできることがあればと、昨年1年間をそれに費やし
(費やされ)たが、結局最後、私の中には深い亀裂しか残らなかった。
議題も何も吹っ飛んで、どうやってその口をふさいでやろうかと、
サンドペーパーのような暴力的な言葉の擦り合いで進む会議にも、
無駄とわかりつつ対抗もした。
該当者でありながら様子をうかがっている連中は、皆自分可愛さに
ひたすら黙ってみているか、土壇場になって平気で意見を翻す。
自分だったらどうする?もっと「賢く」やりすごす?
誰も問題の本質に目を向けず、どうしたらやり過ごせるかは考えても
どうしたら変えられるかは考えない。それじゃ変わるわけない。
今までの実績(?)どおりにやることが100%か?
時代も教育も人の流れも刻々と変化しているのに。
意見することの根本はよりよく願うことで、否定でも何でもないのに。
それとも、そんなに自分たちのやっていることに自信がもてない?
生活まで犠牲にして、こんなPTAをやってる意味をどうみつけたらいい?

抑えていた感情がふっつりと途切れ、役割が義務化した。
恨みがましい感情が、うずうずと頭の中を侵食しそうになるのを
忘れよう忘れようと努力したが、よどんでいくばかりだった。
そんな感情に捉われつつ一ヶ月間、どうしたらこれを断ち切れるか
考えた。

そして私が出したのは、PTA脱会という結論。決して最善とは
思ってない。でも今はこれしか選べない。
学校側には前代未聞と苦笑され、周りからはいろいろ思われ、
勝手な憶測がまた広まっているだろう。そういう地域だ。
何一つ自分の目では確認しないのだ。
日本的幼稚さからいえば、もっとも日本的な地域かな。

けど、今私にとってそんなのは、もうどうでもいいこと。
私自身の心身の健康を取り戻すために、必要だった決断。
その前に唯一心配した、この決断の息子への悪影響も
担任の先生の「子供たちは私が全力で守ります。」
という言葉を信じて、子供に波紋が行かないように
見守ってもらうことにした。少なくとも大きな救いだった。
わかる人だけにわかってもらえれば、それでいい。

組織は個人から成り立っていて、個人を尊重できない組織は
骨粗しょう症のようにもろく崩れ去っていくことが、わからない。
体験でしか学べないのなら、それもまた一案。
そこから学びがあれば、まだ救いようもあるが、さてここはどうだろう。
とりあえず、さようなら、PTA。 
これで私も、やっと笑える。

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