真夜中こっそりパンを焼く
あの日からこぼれ落ちた思い・日々を                                            ブログに綴ります。どうぞご覧ください。                                       こば きょうこ
***第2作できました***

「やってごらん#1.recipe&essay」
オールカラー32P冊子/ 600円
(送料別80円/冊)
07.12.10よりお届け開始です☆

ご注文受付窓口へ・      お問合わせもこちらからどうぞ☆

! お振込が遅れる場合は、下記
お問合わせ窓口よりご一報賜り
ますよう、お願い致します。

著書・著者紹介

こば きょうこ

Author:こば きょうこ
「真夜中こっそりパンを焼く
recipe&essay」2006年2月発刊
分は2007年2月をもって完売しま
した。ありがとうございました。

2001年より製パン講師として
"パン工房Bread Basket"主宰。
自宅&出張講習・企画・試作等
承ります。下記お問合せフォーム
よりご連絡ください。
!住所・氏名・お電話を明記して
ください(携帯はご遠慮下さい)。
またメール返信を携帯へご希望の
際は先にドメイン指定を解除して
ください。(こちらの返信を受け
取って頂けない場合があります)

お詫びと訂正

**本をお買上下さった皆様へ**
この度はありがとうございました。 P14-6.で
『180℃で見つめること15分』
という記載が漏れておりました。
ここに訂正しお詫び申し上げます。

お問合せはこちらへ

名前:
メール:
件名:
本文:

リンク

リンクをご希望の方は、
上記お問い合せフォームより
ご連絡をお願い致します。
このブログをリンクに追加する

カテゴリー

最新の記事

全ての記事を表示する

ブログ内検索

カウンター

QRコード

QRコード

スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ブランク
ごめんなさい。

自分に立てた目標も、この状況ではすすめめられそうにない

そんな日々をすごしてしまいました。

その日その日、やるべきことはやってました。

でも、それでは夢のある方にはなかなか進みませんでした。

母であり妻でありパンを作る者であり、それを伝える者である。
不可解であり、目障りであり、怠け者(じゃないけどね)であり、
よそ者である。

いろんなレッテルを内から外から貼り付けられる中で
私は息子を守るべき「母」を最優先しました。
でも一人相撲はとても非力でした。

パワフルとかチャレンジャーとか、以前よく言われました。
それを形に残してきたことが
今になってはなんだろな、なにやってきたんだか。

こんな気持ちで
前に進んでいるパフォーマンスだけとってて
いいのだろうか?
いいわけないやろ。

でも
からむ人からむ人、見返り倍返しの人間ばかりで
嫌気がさします。

いまは「人」から少し、遠ざかりたい。

今しばらくは、少し静かに止まっていたいんですが
だめでしょうか?
スポンサーサイト
ようやく重い腰をもちあげ・・
更新、1ヶ月ごとが2ヶ月になり、ついに3ヶ月目に突入してしまった。
すみまっせん!ほんっと、すみまっせん!(銀魂口調で)
友人や読者の方々等から、「どうしてんの?」「動いてないブログ、みてるよー」
「更新されなくて残念です」とハガキやケータイでご連絡をいただき、
このままじゃいけない、いけない、と忙しい夏休みが終わるのを待っていた。

何から話そうか、どう話そうか、どこまで話そうか・・。
そんな風に考えると、ますます更新から遠ざかっていく自分がいて
もう書けない、かも。と思う日々をどうにかこうにかやりすごしてきた。
そして、こんな風にふさぐ自分をほくそ笑んでみている人間がいる
ことが頭に浮かぶと、ますます「そんな奴等にわざわざネタしこむ必要もなし!」
と突っぱねる自分もいて、とことんブログから遠ざかっていってしまった。
大切な人たちに、余計な心配かけたくない、その思いも強かった。

今は、正直な気持ちを綴ろうと思う。
勧められるままに「うきは市小塩」にきて、本当によかったんだろうか?
こんな風になるために、息子を巻き込んでまで来るべきところだんだろうか?
私が大切に思ってきた目的や夢は、ここで本当に実現なんてできるのか?
適当なとこだけつまみ食いされ、鼻で笑われ、踏みにじられてつぶされるんでは
ないのか。今現在、私の中にはそんな思いが根底に澱んで、それが表に
浮かんで私を覆い尽くさないよう、必死でふたをしてる。

弱いかな?何でそれを通さないんだ・とお叱りをうけるかも。
普通はこんな、足の裏まで見せるような恥ずかしいマネは、
大人はしないんだろう。
だけど、いいとこだけ見せて夢見る田舎ライフ満喫、みたいなフリは
私はやめようと思う。後に続く人にとって、本当にコアな話をつたえとかなきゃ
いけない気がする。

これからしばらくは内省を含めて、引っ越してから今日までのことをありのまま、
順を追って話したい。
パンのブログなんだけど、これからしばらくパン作りをふくめたライフな話に
なりますので、すみませんがそこんとこよろしく、です。
でも、「いいことばかりじゃないけど、悪いことばかりでもない」byブルーハーツ
ですので。あまり重たく取らないでいただけたら幸い。
「キツイことを与えるのが家族なら、心の安らぎを与えてくれるのもまた家族」
友人Mの金言だが、「家族」を「人」に置き換えてもまた金言だ・・。
M、ありがとう
再三更新が滞りまして・・
皆様、再三更新が遅れまして本当に申し訳ございません。
ついに新しいOSの入ったPCを購入、本日更新にいたります。
(実は買ってから早2週間が過ぎてますが・・)
モノをたいせつに、をモットーにやってきたが、車とパソコンは
そうはいかないみたいで、なんかもっとベースの部分は普遍性のある
ものづくりをしてほしいんだがなあと、心の中で愚痴ってます。
古いPCはこれから私の記憶装置としてがんばってもらうことにします。

にもかかわらず、「やってごらん」を随時ご注文くださった
皆様、本当に本当にありがとうございます。
あたたかいご感想・お葉書までいただき、じーんときてます。
息子も「ぼくの表紙の本、全国で買ってくれる人いるってすごいね」
とちょっと得意顔。やってよかったあ、と思う反面、
力(馬力・資金とも)不足で第2弾を継続できてないことが
反省とも悔念ともままならない気持ちでして・・。
「真夜中こっそりパンを焼く」もあのまま終わってよかったのか
いまだいただく再販・増刷のお願いや、こんなやり方もあるんでは?
というお話も、こばのなかで渦巻いております。
何とかしたいと思ってます!!しばしお待ちを・・。

それから、田舎暮らしの整備とともに地元の生産の仕事の
お手伝いをさせていただいたり、イベントに参加させていただいたり
パンの販売を委託で受けたり、いろいろしております。
そんなこんなをお知らせしなきゃ!早よしなきゃ!今しなきゃ!と、
気が焦るばかりで、どこがスローライフやねん?って感じでして・・。
ブログを見てくださる皆様にお届けしたい、パンや山のくらしや
農作業のあれこれやちょっとやなこと、だいぶ×○△!?なことetc.
腹いっぱいぶっちゃけたいのですが、準備が整うのにだいぶ時間が
かかりました。本当にごめんなさい!

*ブログの記事とともに携帯でとりだめた写真もこれから徐々にUPしていきます。
*パンの販売の準備を急ぎます。(体制整い次第ご注文承ります)
*家の中を整えます。(藁葺き天井のよさとか、皆さんに見に来てもらうために
  しいてはお手伝いとか大工工事できる方!ぜひお力を貸してください)
*地元の農家のお手伝いを続けます。(生活もあるんで)
*息子にそれらを実体験させます。(子育て親育ちもあるん)
*本の再販にむけて努力します。(その際はよろしくです!)
*家族の時間を大事にします。(これが人生の目的)
今のとこ、期日は決められませんが1個づつ実現させていきますので
これからも、こばのブログをどうぞよろしくお願いいたしますね。

ご静聴(読)ありがとうございました。(ぺこ)

こば
消せない記憶
8月になると、メディアにあおられなくても、私は個人的に
「戦争」ということを意識してしまう。
この際パンとは関係なくても、一度きちんと記しておこうと思う。

この夏、「兵士たちの証言」というシリーズを見続けた。
63年前、太平洋戦争の現地に戦いに向かって帰ってきた人々が
心の傷みを堪えて、その現状をTVに向かって言葉にした番組だった。
父の年代と重なる、現地へ向かった人々の重くつらい言葉は、
どんな報道より、真実を語っていた。
語った後、グレーの瞳が潤んで言葉が止まる。
(よく話してくれました、よく生きてきてくださいました・・)
そのことへの感謝とともに、涙が止まらない。
他人に向かって「生きてくれてありがとう」などと、本気で思えた
のは私、ここ十年体験なかったかも。

これだけ奇跡的に生を授かりつつ、その生を100%の喜び
として受け入れられず、堪え難い経験を身内にも封印して
60年余りを生きて尚、その時の記憶や感情は薄れるどころか
日々鮮明になっているという。
「何のために」「誰のために」「どうしてこんな目に」・・・
誰もが思いながら、誰も何も言わないまま、この国は60年以上前、
戦争に走った。
その事実・記憶が、この時代、今ここで途切れそうになっている・・。

8月生まれの私は、小学校の頃毎年友達を呼んで誕生会を開くことは
なかった。休みの真っ最中、友と連絡も取りづらく、しかも原爆記念日の
前日。家族に祝ってもらう誕生日は、それなりにうれしかったが
学期中に呼ばれる友達の誕生会では、内心8月生まれをちょっと恨んだ
ものだ。
私が小学生だったころは、原爆記念日は出校日で、平和教育みたいな
ものが必ずあった。映画を見たり、本を読んだり、人の話を聞いたりして、
感想文を書いた。その後「昨日誕生日やったっちゃん」とは子供心に、
なんとなく口にできなかった。

ただ一つ、私たちの親は(その頃の大人は)戦争を子供に語り継ぐことを
教育としてきちんとしていたということ、自分は誕生日と重なって幾分
人より思い出が深いこと、幸か不幸かそういうのが重なり、
戦争のことは深く考えてしまう。
今となっては、それがプレゼントだったのかもしれないとも思う。

今、もしもの時の参戦は仕方ないっていう人が増えているらしい。
でも「国を守るため」自分から戦うっていう人はおそらく自衛隊以外
いないだろう。安全も安心も人任せで育った私らだ。
そんな問いに「守るほどの国じゃない」「そんな頼りない国は滅べばいい」
他人事のようにいう、街頭インタビューに答える社会人達も、私も、
まぎれもなく日本人なのよ、逃れようもなく。

yuyake
傷ついたほうも傷つけたほうも、老いてなお鮮明に
心に焼きついて消えてくれないほどの、あんな深い傷は、
もう背負わない決心をしないといけない。
どんな理由をくっつけても、こんな酷いことはおこしちゃだめなんだよ
と、子供たちにも伝え続けなければいけない。
親として、大人として。
いいえ、過去と未来をつなぐ今という時間を生きている、一存在として。
ベランダ仕事
生ごみリサイクルを始めてからは、朝はまずベランダに
出ることが、自然と生活のリズムになった。
sprt zera

生ごみを自家製コンポストに入れ土をかぶせる。
(こうすると、ほぼ臭いはしない。発酵熱がもわもわと上がってくると、
みんな生きてるなーと、実感する)下のほうはすでにいい土になっている。

コンテナガーデン(というほどのものでもないが)を一通り見て、
蕾や新芽にほほが緩み、小さな収穫に預かりながら、炊事と風呂の残り水を
かける。残菜のこぼれ種からいろんなスプラウトが出てくることもしばしば。
これも食べられそうなものを夕食に。
朝から蒸し暑い日は、ついでにベランダじゅうに水をまく。
洗濯物も脱水を最低限かけて干し、窓を開けて風を通せば、お昼頃までは
このままで過ごせる。

さすがに日中から夕方にかけて日差しが強くなり、壁や屋根が
熱を帯びてくると、ただ座っているだけでも汗が流れてくる。
少しでも熱線を和らげようと、夏休みになってからオーニングを設置。
日中部屋が薄暗くなってしまうのだが、その分日差しも道路脇からの視線も
遮られるので、これは快適・快適!早くすればよかった。
他人の家の洗濯物を見て、ゴシップネタにされることもない。
(実にくだらないでしょ、暇人ってほんとヤーネ!)

夕方にはまたそれに打ち水をする。壁と網戸にも。
西向きの、日当たりもそこそこのベランダなので、水が気化する
まで多少時間がかかるのも、ある意味経済的。
それでも夜まで暑いと感じるときは、シーツなどの大物を素洗いして干す。
それでも一晩で乾く。(隣近所の室外機の熱風のせいかな。)
乾いてる間はやはり幾分風が心地よい。

でも何より助かるのは、あの夏らしい夕立だ。
4時ごろになって急に薄暗くなってきたら、心の中で「やったー!」と叫ぶ。
激しい雨が屋根をぬらしてくれると、建物の熱気が一気に飛んでいく。
排気ガスに汚れた空気も一緒に、側溝に流されていく。
(でも、昨年この夕立の中、子供を迎えに車で出て、信号無視のトラックに
突っ込まれたので、外出は控えている。)

そんなこんなで、この九州でも7月はエアコン稼働日5日。
8月も現在4日。これはなかなかのエコライフではないか。
ただいま編集中です。
またしても、広告記事に占領されてしまいました。
更新が遅々として進まず、皆様大変申し訳ございません。
(この記事のころ7月の更新はされていませんでした。
過去7月の記事は後日、日にちを合わせて掲載したものです。)

・・・にもかかわらず、「やってごらん」をご注文くださった方々、
本当にありがとうございます。夏休み、ぜひお子さんと一緒に
またはお子さんに甘えて、楽しい「手作り」を楽しんでくださいね。
(「やってごらん」のご注文は今も随時受け付けております。
左窓口よりお申し込みくださいませ。折り返しご連絡いたします。)

これから1ヶ月ほどかけて、更新作業とパソコンのメンテナンスを
行うので、新しい記事をお待ちの皆様、今しばらくお待たせする
ことになると思いますが、ごめんなさい、もう少しお待ちの程を。
これからもどうぞ、ブログともどもよろしくおねがいいたします。

PS.今年も暑い暑い夏になりました。
(私たちの今までの生活が、地球をそうさせてしまいました。)
我が家も打ち水と、サーキュレーターで極力エアコンを
使わない生活をしています。
なかなかどうして、こっちのほうが自然に体もなれて、
「室温差夏ばて」もなく、快適かも。
お邪魔しました・・・
山道の土手でスギナを採っていたら、こんな蛙を発見。
接写モードで撮ってみたが、置物のように動かない。

ojamak

向かいの小川のサワサワという音をBGMに、
お取り込み中失礼いたしました・・・。
give&thanks
薬草講習の日は、実家でお昼ご飯を甘えている。
月2回なので、まあ顔見世がてらに・・なんて、
四十路近い大人がいい加減にしろ!って、怒られますね。
近況を報告しあったり、お土産やお裾分けを交換し合ったり。
FAXで大抵の用件を済ませる私だが、親はやっぱり
顔見て話すほうがいいみたい。

apm

その母、ハーブなんて柄ではないのだが、茂りすぎて・・と
庭に植えているアップルミントを束で持たせてくれた。
このアップルミント、葉がやわらかく、ものすごく香りがいい。
しかも虫がつかず丈夫。
(実家も生ごみリサイクルをかれこれ30年近くやっている。
当然土はよくよく肥えている。もちろん農薬は不要。)

帰ってから早速紅茶に入れたり、いろいろ楽しませて
もらっているが、一番いいのは、トルマリン浄水に浮かべて
麦茶代わりに飲むこと。炭酸水なんかより喉もうんと潤うし、
これはお気に入り。ほんとは井戸水で飲めたらサイコーだろうな・・。
運動会の練習で、日に日に焼けてきた息子も、ゴクゴク。
温暖化対策のためにも、お茶沸かすより今年はこの水でいこうかな。
薬草のこと sono2.
参加して早2ヶ月、最初にいただいた薬草の苗が
大きくなった。これはユキノシタ。
解毒・解熱作用があるらしい。
葉はてんぷらにしても食べられるそうなので、
そろそろ頂きどきかも。小さな白い花が可憐だ。
yukisita

それにしても、お店で買わなくても世の中いろいろと
食べられるものって、まだそこ等中にあるもんだなあ。
もちろん、育てる環境を守っているところでのみ、
頂く事ができる、山の恵みですが・・。
ピーピー豆もエンドウ豆の3-6倍、ビタミン・ミネラル類は
豊富で、美味しいらしい。水毒症状にも効くようで。

食糧危機とか、温暖化とか、どうすればいいのよ?って
気分にさせるような切羽詰った情報ばっか流さないで、
もっとこういう知恵を授ける番組が、おもしろおかしく
作られないもんかなあ・・。
(「とったどー!」はちょっと近いかな。私はあの伝説の
「サバイバー」がもう一度みたい。)
こんな恵みを普通に食せば、サプリも健康食品もいらないよ、
きっと。

帰り道、教えてもらったカキドオシを摘みに道草していた
ところを、先生に見つかっちゃった。うはは、照れくさい。
「そんなに熱心なら、特別に教えてあげるから、いつでも
連絡を」なんて、ありがたいお言葉もいただきつつ、
私は先生の「が、は、は・・」という笑い声を聞くのが楽しみ
なんで、来月もまたお邪魔する予定です!
よろしくお願いしまっス!
薬草のこと sono1.
春から始めた薬草講座で、早速飲み始めたものがある。
それは・・スギナ!小さいころ「どーこが折れてるでしょ?」と
当てっこして遊んでた、あれデス。

sugina
昔、道の駅で「なんとなく体に良さそう・・」と思い買ってみたが、
どうも青臭くて飲みにくかった。が、番茶と一緒だと飲みやすい
と聞いて、自分で摘んだものを干してお茶代わりに試してみたら
これはすんなり飲める。今回は続けられそうだ。
効能は補腎、浄血。ヨモギより効能は高いらしく、
私の体にはうってつけ。これは使わなきゃ損よ、損!
ヨモギ摘みと一緒に摘んで、田舎茶と一緒に入れて飲んでいる。
茶殻も少ないし(←もちろん土にリサイクル)、
補腎効果は確かに高い。(お手洗いに行くとわかります。)
腎からきている腰痛も軽くなった。
茶殻を干して粉砕して、青海苔代わりにも使える。
今度マクロビでも使ってみよう!
紳士なひと
久しぶりに天神にバスで出かけた。
事故にあってから、すっかり車に乗り付けてしまって
足で歩くことがめっきり減った。いかんいかん・・。

で、天神まで約1時間。乗り物に乗ると必ずといって
いいほど、お休み3秒の私だが、日差しが急に強く
なったのと、時間が切羽詰っていたのとで、
この日は目をつぶることなく天神まで来た。

天神郵便局前で、このバスの大抵の人が降りる。
降りる人の列ができたその先頭に、杖を持ったおばあさんが、
料金箱の前でお財布を開けて、さていくらですかね?と
運転手さんにたずねている。後ろに並んだ、耳にイヤホンを
つけているスーツ姿も初々しい新人クンの列が、ちょっとずつ
間を詰めて、「早くしろよ」と無言のプレッシャーをかけてきている。
もちろん、おばあさんは自分のペースを崩すことはない。
運転手さんも言葉は丁寧だが、態度は斜め45度だ。

と、先に降りかけていた、ちょっとくたびれたスーツ姿の会社員が、
振り返って、すっと手を差し伸べた。
ほんとに、あまりにも自然におばあさんの手をとって
バスのステップを降りるのを、静かにサポートした。
ほんの数秒の出来事。映画の1シーンのような、その場の空気が
はっとするような、美しい出来事。おばあさんの一歩一歩を
みんなが黙って見つめている、そんな空気感。
「お世話かけて、すんまっせん・・」と小さな声で応えるおばあさん。
いえなんの、と目で答えるサラリーマン。

おい新人クン!見たか?今の。これぞ真の男のやさしさってもんよ。
同じ男なら、今のをまぶたの裏にしっかと焼き付けておいてくれよなあ!

小さく会釈をして別の方へ向かった、おばあさんと会社員。
さっきおばあさんをサポートした手は、パンフでいっぱいの紙袋を
しっかり握って、天神の雑踏に消えてしまった。
一部始終を窓越しに見送った、私。
帽子こそ被ってなかったけど本物の紳士。いたよ、この天神にも。
山の恵み sono2.
私がヨモギを摘んでいると聞いて、実家の母もドライブがてらに
山道を覗いて、袋いっぱい集めてきてくれた。
その時に山桜がもう小さな実をつけて、さくらんぼがたくさん
落ちていたらしく、それなら少し・・と私たちもお土産にに与かった。
ありがたいこと。
chrry

天然でこんなに赤く、しかもとても柔らかくて、甘ーい!
(缶詰用とは種類が違うとは思いますが・・)
息子は自然のさくらんぼなんて初めて見るだろう。
何ていうかな~?と試しに夕食後に出してみたら・・
「かわいいー!おいしそう!」そう、美味いものに関して、
こいつのハナはなかなかキクのだ。
こういうのは、できるだけ何もしないでそのままいただくのが
一番おいしい食べ方。山のお恵み、ほんとにご馳走様でした。

母にもヨモギ餅とヨモギ酵母パンでお礼。喜んでくれたかな?
薬草を学びに・・
春休みを機に、気になっていた部屋の模様替えと
ついでに手持ちの情報整理をした。手をつけ始めると
ついでにできる量ではなかったみたいで、いまだに
紙ごみの整理に追われている。こいつを片付けなきゃ、
次の仕事も何も、あったもんじゃないもんな。

深く深く掘り下げた「はず」の視点を上に向けて、さて次は
何をはじめようか・・・。というわけで、実家の文化サークルで、
地元に自生する薬草を学ぶ会が開かれてて、
マクロビの足しになればとの4月から参加することにした。

講師は中村臣一郎先生。内容はみっちり90分、自生する薬草の
種類や効用・処方のみならず、デトックス・食養生・電磁波・添加物・・
多少「買ってはいけない」的な内容に傾きつつあると、
先生の豪快な笑い声が空気を和ませる。皆さん、さまざまな悩みを
持ってここに集まってきたのだろう。講義が終わると同時に、演壇の
周りは人だかりとなる。この熱心な光景はちょっと宗教的にも見える。

・・・帰りの車の中で、押し合い圧し合いして質問や薬草に殺到する
待てないおば様達の贅肉の感触が、まだ腕や背中に生なましく
残るのを我慢しながら、思った。

「人を押しのけてまで健康を望んで、その後どうするんだろう?」
健康そのものを目的化するのは、お金そのものを目的化する、
それと一緒ではないんだろうか?
お金は欲を数値化するので、あからさまにほしがることはないが
(現代はそうでもないか・・)、健康となると、時にエゲツナイほど
あからさまだ。
健康になって何が悪い?と目を剥かれるかもしれない。
その健康、身の回りの恵みをもぎ取って得た今ある自分の健康を、
今度は何に役立て、どう生きるんですか?ゴールはまだもう少し
先ではないんでしょうか?と、たずねたいのだ。
健康になってこういうことがしたいんです。小さくてもこういうことをして、
わずかでも報いたいんです、恵んでくれた自然や周囲に少しでも。
それがあって初めて、健康になることが喜びになり、意味を帯びてくる
のではないのかな?
うそまでついてTVが健康を特集することも、それに一喜一憂
振舞わされることも、なくなるんじゃないかな?

人間は(物質としてはそうでも)独立した1個の生命体ではない、
と思う。現代の生活では実感できる場面が無さすぎるが、すべて
自然とのバランスの中に「生かされて」いるのは、生まれて四十年
を経て、ようやく感じられるようになった。
(この概念を心で感じられるようになるには、頭でっかちに育てられた
私たち世代には特に、時間と実践が必要だ。)
その中で最も自我の感情のままうごめいているのが、地球では
私ら人間、だろうな。吐くまで飲み食いし、地下も地上も漁り散らし、
元に戻すことをわすれ、喰って喰って、それでもまだ満足しない。
所詮、人間は欲の塊なのだろうか?
六道輪廻を生涯かけて、ぐるぐる回ってしか生きられないものなのか?
地球からしてみれば、現代人は一人一人ガン化した細胞のように
あちこちでやっかいな存在になってやしないか?

本当にささやかでいい、何かひとつ、この大きな関わりの一部として
自分がこれっていう、役に立てられることを見つけられないだろうか?
でなきゃ、あまりに無意味に時間に押し流されてるだけじゃないか?

・・先生への順番を待てない光景から、ここまで思い込まなくても・・
と、自分でもそう思うのだが、今、思わずにはいられないんです。
もう待ったなし、そこまで今まで自分たちがしてきたことに
周りの誰も、真剣に気付こうとしないから。
さようなら。PTA
昨年1年間、私の頭を悩ませた(というよりは生活を脅かし続けた)
PTAの役員がようやくこの4月、終わった。
其々の思惑、葛藤、建前と本音、各々の感情が交錯し、
年々低下する参加率に頭を悩ましている状況は、
ここに限ったことではなかろうが、その原因はPTA本体と学校にある
と、私はずっと感じていた。

中に入って見えたもの。形骸化した行事・集まり、主体性を
もたない学校の姿勢、否定形から入る議論、やって当たり前、
感謝も労いもなく独立性のない専門委員会の活動、問題が起こると
一線を引く学校側の姿勢。ピラミッド型の体制。果てはなんでも阿弥陀くじ。
(私もその一人。)そんなことを繰り返し6年もやっていれば、
少なくとも半数以上は離れて当然、じゃない?

「全員参加」「PAT活動は子供のため」と、聞こえのいい言葉を
掲げても、実態は「働く大人」と「先生」が主体で、「例年こんだけ
やってんだし」という、ただの大人の自己満足に終わっている。
活動はいつも夜、7時半から9時、10時。母親なら一刻も早く
終わらせたいから、突っ込んだ議論などできるはずもなく、
ゴールデンタイムに家庭に取り残された子供たちのことなど、
考えにも及ばない。この地域は夜、子供が取り残されすぎている。
「1年間やって皆が楽しかったねと思えたらいいではないか」と
言う人もいたが、サークル活動じゃあるまいし、そんなことまで
PTAの役目なの?そんなに皆暇じゃないよ。

普段の学校の集まりには、ほとんど母親しか見ない学校なのに
家事や育児、介護の苦労のわからない男性になぜ会長職を
やらせるのだろう?都合のいい衝立役になるから?
知り合いにそのことを漏らしたら、「隣の小学校でも同じ意見を
言っていた。」という。「おやじの会」すらないこの地域なのに。
そもそも、何で自分が・・とかいながら、会長を引き受けるのだ?
断る選択肢がありつつ、いい顔したあとで今更ぼやきながらの活動
なんて、周りが迷惑だ。子供にナイフを持たせるなというけど、
人格のない者に権限など持たせたるほうがよっぽどアブナイ。
しかも2年間も。

それでも、自分にできることがあればと、昨年1年間をそれに費やし
(費やされ)たが、結局最後、私の中には深い亀裂しか残らなかった。
議題も何も吹っ飛んで、どうやってその口をふさいでやろうかと、
サンドペーパーのような暴力的な言葉の擦り合いで進む会議にも、
無駄とわかりつつ対抗もした。
該当者でありながら様子をうかがっている連中は、皆自分可愛さに
ひたすら黙ってみているか、土壇場になって平気で意見を翻す。
自分だったらどうする?もっと「賢く」やりすごす?
誰も問題の本質に目を向けず、どうしたらやり過ごせるかは考えても
どうしたら変えられるかは考えない。それじゃ変わるわけない。
今までの実績(?)どおりにやることが100%か?
時代も教育も人の流れも刻々と変化しているのに。
意見することの根本はよりよく願うことで、否定でも何でもないのに。
それとも、そんなに自分たちのやっていることに自信がもてない?
生活まで犠牲にして、こんなPTAをやってる意味をどうみつけたらいい?

抑えていた感情がふっつりと途切れ、役割が義務化した。
恨みがましい感情が、うずうずと頭の中を侵食しそうになるのを
忘れよう忘れようと努力したが、よどんでいくばかりだった。
そんな感情に捉われつつ一ヶ月間、どうしたらこれを断ち切れるか
考えた。

そして私が出したのは、PTA脱会という結論。決して最善とは
思ってない。でも今はこれしか選べない。
学校側には前代未聞と苦笑され、周りからはいろいろ思われ、
勝手な憶測がまた広まっているだろう。そういう地域だ。
何一つ自分の目では確認しないのだ。
日本的幼稚さからいえば、もっとも日本的な地域かな。

けど、今私にとってそんなのは、もうどうでもいいこと。
私自身の心身の健康を取り戻すために、必要だった決断。
その前に唯一心配した、この決断の息子への悪影響も
担任の先生の「子供たちは私が全力で守ります。」
という言葉を信じて、子供に波紋が行かないように
見守ってもらうことにした。少なくとも大きな救いだった。
わかる人だけにわかってもらえれば、それでいい。

組織は個人から成り立っていて、個人を尊重できない組織は
骨粗しょう症のようにもろく崩れ去っていくことが、わからない。
体験でしか学べないのなら、それもまた一案。
そこから学びがあれば、まだ救いようもあるが、さてここはどうだろう。
とりあえず、さようなら、PTA。 
これで私も、やっと笑える。
半径何m・・?
春休み、録りだめたDVDを整理していて、間違って録画
していたらしい「太田総理と秘書田中」を見た。
普段は見ない番組だが、テリー伊藤と爆笑太田の討論に
つい興味をもってしまった。

テーマは「ネット使用は1時間以内」の是非だったが
それとは別に、心に残る話があった。
「最近のブログってやつは、自分の半径5m以内の
ことしかかいてなくて、面白くも何ともない。
日記にもなってない。ひとりごとの垂れ流しだよー!」
ってな内容だったと思うが、ホント、ホント。(耳痛い)
やっぱテリー伊藤、いいこというな。

そのとき再び思い出したのは、もののけ姫の1シーン。
「みな小さく、馬鹿になりつつある・・」というおっことのぬしの
台詞。今の日本の大人一人一人に突きつけられた一言。
同窓会でも、地域でも街中でも、しばしばこの言葉を痛感する。

日々の体験から見えた学びを、普遍のものに変えていく力が
知恵だと思うのだが、その経験をサボり、バブルに興じて謙虚に
生きることをしなくなって、いつのまにか自分の姿も等身大に見る
こともままならず、五感は確実に退化している。
それでも何かにつけ言い訳をし、ナマの自分を正視できないくらいに
心も六感も弱りきってしまっている。
好きなものばかり食べて、体が弱るのと同じだ。
自分さえよければ・自分の家庭さえ平穏なら・それ以外に
思いも回らないくらい盲目で鈍く、どんどん退化していく。
(テンネンとかKYとか聞こえのいい言葉に置き換えて
ごまかされている気もする。)

私たち大人の日常の狭さを棚に上げ、子供には
「夢をもって!のびのびと!がんばって!」などと発破かけらても
子供にとっちゃ、いい迷惑!だよな。
ほんの数センチでもいい、半径を広げること、今始めよう。
おお、神様仏様、ありがとう・・!
omega

昨年秋、地元のパン講習が終わった翌日、腕時計がない
のに気がついた。すぐさま、館に電話して掃除の方などにも
当たってもらったが、ない。身の回りを探してもない。
いやいや、あそこもここも・・。ない。

1週間ほどそんな状態でいて、もやもやといやな感じが
心を覆い始め、いやいやそんなことはないと、自宅も車も
可能性が1%でもあるなら探し回り、会う人会う人に
知りませんか?見かけませんか?と訊ねてまわった。
しかし返ってきた言葉は・・・
「高い時計やろ?もう見つからないよ。」
「まず出てこんやろうね・・。」
「あきらめりー、しょうがないって。」
「高いものはせん(身に付けない)ことよ。」
・・はぁ~、なんで?高い時計だと見つからん、てか?
どうしてそうゆう風に言っちゃうの?
落し物なら届けるし(どこぞの温泉のスリじゃあるまいし)
三次元の物体は壊さない限り、煙のようには消えなくない?
何より「他人のもの」でしょ?それ、使えないでしょ?
それとも”世の中そんなに甘くない”ってか?
(・・やっぱ、この地域は好きになれない。)
当時お世話になっていた家政婦さんのアドバイスで
警察にも紛失物届をだした。

それから5ヶ月、時計のことはあきらめられなかった。
こいつは出産までがんばった自分への祝い・ご褒美に
自分で買ったものだ。
言葉にできない決意と想いがつまっているのだ。
大好きだったジャックマイヨールのシーマスターは
買おうとしたときにはもうなかったけど、同じオメガで
なんとなく満足できたんだ。
大人気だったカルチェのタンクフランセーズと散々見比べて、
(店員も連れもそっちを薦めたが)自分に似合うこっちを選んだ。
自動巻きのシャンシャンネジが回る音に手応えを感じた。
女の細腕に、やたらでかでかしい男物の時計をするのが
流行ってた当時に、ブラックフェースでほどよく収まるデザインに
日めくりもついて、とても機能的だった。レディスでこのフル装備
は、知る限りだがあれからお目にかかってない。
とにかくどんな場面にも邪魔にならず、よく働く時計だった。
洗濯機フルコースで回されても故障しなかった。
(一応日常防水程度なので、これはラッキーだった・・。)
一度メンテに出して、つつがなく戻ってきたときは
なんだか自分の子供みたいにうれしかった。
所詮物は物、でも長く使えば思いも積もる。
念がこもるとでも言おうか・・。(それちょっとコワイな。)
とにかく私のママ人生とともに時を刻んだ「同士」なんだ。

5ヶ月の間、心もとない左腕と見づらい携帯の時刻を見るたび
「どこにいるんだよ・・」と心の中で泣きながら、あきらめられなかった。
あまりに不便なので、とりあえず何か代わりを、と思ったが、
他の物を買う気も、身に付ける気もしなかった。
(おかげで時間の感覚も鈍り気味。)
暮れの大掃除でも徹底的に身の回りを探したが出てこなかった。
ありえない場所も幾度かひっくり返したけど、当然なかった。
ドブで錆だらけになった時計を、泣く泣く手にとった夢も見た。
(これって天のお告げかなあと思ったりもした。)

だが、今日戻ってきた。私の手元に無傷で戻ってきた!
ありがとう、神様。本当に涙が出た。
ありがとうございます!!もう2度と離さないからね。
貴重なアドバイスを下さったヘルパーTさんにも、ありがとう
と伝えたい。人のいうことは聴いてみとくものだ。
春休み・杏の里へ・・
春休み中のニュースで杏の花が満開と聞いて、足をのばしてみた。
平日というのに、すごい人!駐車場も満杯だった。
級友Kと見晴らしのいい公園で落ち合う。
彼女も地域の世話役で忙しい春になってるらしい。
anzu

昨年振り回されたPTAのことで、散々愚痴った私に
こんな言葉を下さった方がいた。
「ジコチュウもKYも、各々わが子が通う学校がより良くなる
ための発言、そこは一緒だと思うんです。
そう思わないと、そこから話が始まらないと、
なんか、救われない気がしませんか・・?」
心に残る一言を友にも伝え、ああ、ほんとにそうだよね。
と、話を締めくくった。
救いのないPTAの愚痴も、その一言でピタリとやんだ。
ansu2

愚痴る相手にこんな言葉をかけられる大人に、いいかげんなりたいなあ・・。
杏の花も池の合鴨も、こんな小さな人間の姿をふふふと笑っているよ。
見られているのか・・?
先月前原でのパン講習の帰りに、玄米と小麦をいただきに回った。
いつも受け取りをお世話してくださる、前原田縁プロジェクトの
皆様とハーブガーデン「プティール倶楽部 伊都の国」の皆様、
どうもありがとうございます。
(左下ブログ内検索:「夏の田んぼ」および
「プティール倶楽部 伊都の国」でご覧ください。)

こちらのお店の手前にある、牛舎。
いつも大きな牛さんをUPで見ることができる。
こちらが見ていると、1頭が「なあにみてるう?」風に
こちらに顔を向け、じっとしてる。
とっさに、「おお、チャンス!」と
車に乗ったままで、とりあえずカメラに収めた。
(近くだったけどシャメじゃ小さいなあ、やっぱ。)
usisi

こちらが撮っている間、ずっとポーズをとり続けてくれた
左側の牛。というか私の方がじっと見られているのだろうか?
「人間てやつはあ、せせこましいなあー。」
「急いでいるのにカメラを縦横、ってなあー。」
「まあ、俺らべつに急いで生きてねえし、つきあってやるべえー。」
なんかそう言われてる気がしてきて、
UPがほしかったけど、1枚でやめた。
牛さん、どうも失礼いたしました・・。
どうしても・・
さて、1月の講習も無事全部終わり、あまりに手足が冷えるので
息子が帰宅するまでの小一時間に、芯から温まってこようと
「石の癒」に足をのばした。

その道の途中、向かいの道路上にカラスがとまっていて、
対向車線が軽く4,5台ほどつかえていた。
目の前の黒の軽が「ホラホラ!」と追い立てるように
近づいているのだが、このカラス一向に飛ぶ気配がない。
目が見えないのか?羽か足が折れてるのか?
ぎりぎりまでタイヤが迫っているので、思わず窓を開けて
何が投げてやったら気づくかなと、手に紙コップをもった瞬間
黒の軽は、カラスを轢いて行った。
後続車はもちろん、そんな足元はみえないだろうから
次々にあのカラスの上を、タイヤが行っただろう。
私も運転中で飛び出すわけにもいかず、ただただ
バックミラーに映る残酷な光景を、見送るしかできなかった。

「なんで?なんで?あの黒確かに止まって、見えとったやろ?・・・」
いともあっさり、空き缶のようにつぶされたカラス、
結局何もできなかった、しなかった私。
せっかく温まりに行く道中、心底冷え冷えとした気持ちで
車を走らせた。せめてカラスが苦しまなかったことを願いつつ。

私も、日常たくさんの命を奪って生き長らえてる。
この年までゴキブリや蚊を何匹と殺してきたし、
今だって必要とあらばそうする。
学校の実験に使われた蛙や昆虫、うまく飼えなくて死なせてしまった
小魚や鈴虫。「ごめんね」って思いと一緒に、庭に埋めてお墓を作った。
と殺場に連れて行かれる牛や豚、トロ箱の魚、肉屋の端に積まれた
トサカの山をみて尚、給食や食卓に並ぶ肉魚をおいしいと
ほお張る時は、「仕方ない」ではなく「いただきます」と唱えてから。
ただ、何の理由もなく、もともと存在しなかったかのように
生きているものの命を奪ったことはない。

私が、どうしてもこのまちを好きになれない理由のひとつに、
例えば、こんな「日常」が、ある。
あけましてやられました・
冬休みの骨休めに、と今年は初めて
正月に温泉という贅沢をしに、佐里温泉に向った。
以前両親をつれていって、息子に「もう一回、もう一回」
とずっとせがまれていたのだ。朝食の七輪焼きが
気に入ったようだ。

料理が評判の旅館だが、お正月はやっぱ
いまいち対応がわるいなあと思いながら
お風呂も3回堪能して、皆さんにお伝えすべく
写真もたくさんとって、気持ちよくチェックアウト
というときに・・
やられました。財布を盗まれた。
詳しく思い返すのももういやなので、詳細は
省きます。2日に購入した福財布は、1月の
生活費と12月がんばって稼いだパンのお金を
根こそぎ抜かれて、いつのまにか不自然に
ロビーに転がっていた。
フロントの対応は不親切極まりなかった。

財布とカードが無事だっただけよかったと思う
べきか、正月はじっとしておくもんだという教訓か、
金なんてまためぐりめぐっていくからとあきらめるか。
目の前の人間が「こいつかも」「こいつかも・・」
と見えてしまう自分をなんとか押し殺しても、
どうしても溢れてしまう悔しさ。
どうして人のものを盗るのかなあ・・?
働いたお金を失うのは本当にやるせない。
なぜか警察の話も、盗るより盗られるほうが
悪いような言い方に聞こえる。
ここでもやっぱり、許しがたいものを飲み
込まないと先には進めないのか?
道理って何のためにあるんだろう・・?

警察の取調べの間、ずっと車で待っていた
息子こそ、本当の被害者だよなあ、ごめんよ。
「いいよ、お母さんが大丈夫なら。」って
お前のやさしさがなによりの慰めだったなあ。
ありがとうね。
最後の最後まで祟られて、エアコンつけっぱなし
だったため、バッテリーがあがってエンジンもかからない。
はあー・・・。JAFが来るまで、一眠りするしかないよ。

帰りの二丈海岸線の夕日はとてもきれいだったけど、
もう2度といくことはないだろう。
ドロボーは大っ嫌いだ。
やっとここまで書けるようになったけど。
うちの正月模様
昨年、稲作のあとの藁を使って
しめ縄の作り方を教わった。
3?年、恥ずかしながら縄を綯う
ことなんて初めて。地元のおばあちゃんに
手取り足取り教わって、なんとかできたのが
これです。

simenawa1 simenawa2

ねー、しめ縄って作れるんだ。
毎年(時節物は高いよなあ)なんて
思いながら、適当に買ってた自分、
ぜんぜん新年を迎えるって心構えが
足りなかったなと、反省の気持ちをこめて
綯えたこのしめ縄。
(もうひとつ一番気合入れて作ったのが
あったのですが、1月最初のパン講習の
お飾りにもってって、持ち帰るのを忘れてたら
そのままあっさり処分されてました・・。
なんつーかさ・・。もうやめよ。)

seti
御節もササヤカながら、自作でまとめた。
31日集中でやったけど、やればできるもんだ。
きっといい年が迎えられるだろうと、
願いをこめて。
クリスマスも終わり・・
(写真のUPが遅れて、今ごろの更新です・・)

X2

皆様はどんなクリスマスをおくりました?
我が家はちょっとマクロビ風に・・ではやっぱし
ブーイングが起こるので、メインだけはしっかり
肉。だけどケーキもスープもパイもサラダも
すべてべジーな献立に。
(サラダは画面に入りきれなかったけど、
切干大根の雑穀サラダにした。息子は最近
切干にはまっている・・)
ワインはHTBのお土産で、5%の軽口微発泡の赤。
オーストラリア・ブラウンブラザースの「シエナ」。
昨年もクリスマスにお勧め!とHTBでPRしていた。
めっきり肝機能に年を感じるようになった私には、ちょうどいい。
(おいしい葡萄ジュースのようです、ハイ。)
息子はアメリカ産の「マティネリ」というりんごの微炭酸ジュース。
だけどビンがしゃれているので、一緒に飲んだ気分に
なれる。子供ビールよりもずっといいと思う。
大人の飲み会でも、車の方などにコレ、お勧めデス。

今回のケーキのUPデス。
X1

ちなみにプチマクロビ講習のときの皆様の作品いろいろ。
mc3

と、サンタのおじさんもゆっくり休んでることでしょう。
26日から一気に年末モード、あれもこれもやり残しが
いっぱいだけどひとつひとつ片付けて、早くもりもり
パンを焼ける生活に戻さなきゃ。
怪我しました・・
ご無沙汰しておりました。
夏休みもとうに終わり、いつのまにかすっかり朝夕が
すごしやすい気候に変わってしまった。
その間"こば"は何をやってたんだ?と申しますと・・

まずお盆前にかぼちゃをくり抜こうとしてて
包丁で左手を刺し、全治2週間の負傷。
救急で知らない病院に送られ、どうしても縫わずに済ませたくて
駄々をこねる。傷の深さを計るとか言って、傷口に鉄のへら
のようなものを突っ込まれ、洗浄。縫ったほうがよかったか・・?
それでも子供との「約束」を果たすため、荒尾の三井GLへ。
手にビニールをかぶせながら温泉をたしなむ・・。ズキズキ。
それでも、荒尾の梨はやっぱおいしかったなあ。
翌週、激しい夕立の中子供を迎えに行く際、
信号無視の8tトラックに突っ込まれ、車が一回転。
右半身打撲・ムチウチにて入院・・。
看護婦さんから「これで済んだからよかったと思わなきゃ」
と慰められるが、正義はどこへいったのか・・?と
交通事故対応の酷さに憤る日々。
青信号でふつーに渡れないって、おかしくないか?
人に怪我をさせて、人の車を壊して、人の生活を狂わしといて
「あとは保険会社に・・」って、人としておかしくないか?
プロのドライバーならなおさら、じゃないか?
病院で体と心をしばし鎮めて、パンのある生活に戻ると
徐々に気持ちも前向きになってきた、その矢先
昨日後片付け中に、クープナイフで右手をざっくり。
あまりの傷の深さに、今度はあきらめて駄々もこねず
チクチクと3針縫う痛みに耐える。で、傷もふさがったし
PCを打ち込んでますが、やっぱりイタイです。ズキズキ。
誰かに藁人形を打ち込まれているのか、これだけ立て続けに
続くと、やっぱ不気味。来週厄払いにいってこよう・・。

以上がご無沙汰の訳です。言い訳してごめんなさい。

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。